松尾画報

辺境のカンガルーの近況

幻の牛丼

せっかくなので、大学時代の思い出の話をもうひとつ。
思い出ってほど大したものでもないんですけど。

サークルの溜まり場になっていたロビーの円卓で、
なんとはなしに時間を潰していた、2回生の4月上旬の午後。

そこにこの春、晴れて5回生となったイシグロ先輩が登場。
「お…、お…、お…、ハシモト…。見つけた…、探してたぞ…」

髭面に涙を浮かべた先輩は私に詰め寄り、両手で私の手をがっしり握り、
前期はどのコマの授業を履修するのか、執拗に聞いてくるわけです。

この日は前期の授業日程の発表日。
友達同士で「この授業を一緒に履修しよう」とか決めるんですね。

新2回生の私も、新5回生のイシグロ先輩も、文学部の同じ科。
5回生になったことで一気に同志が減った哀れな先輩。

今年度の卒業を確実なものとすべく、ことごとく私と同じ授業を履修しようとします。
自分と私の履修表を見比べ、入念に授業スケジュールを組んでいきます。

時間がかかる作業だから、と学校近くの天下一品に連れ込まれ、
ほぼ無理やりご飯を奢られることに。

さっき昼ご飯食べたばかりで、全くお腹が減っていない私。
ラーメン食べるのもなぁ、と思って、普段なら絶対頼まない牛丼を注文。

そう、牛丼。天一の牛丼。食べたことありますか?
私はこのときの一度だけです、後にも先にも。

でね、これがね、全然美味しかった記憶がないんです…。
だって満腹ですもん。天一が悪いんじゃない、イシグロ先輩が悪い。

こってりラーメンをすすりながら、必死にスケジューリングする先輩。
全然減らない牛丼を相手に、ふうふう格闘する私。

なんだか妙に心に残っています、あの日の牛丼。
程なくしてそのお店の牛丼は、メニューから姿を消しました。

今度見つけたら、空腹時にしっかり食べようと決めているんですが、
あれ以来20年、一度も見かけません。天一の牛丼。

調べてみると、今でも牛丼が頼める店舗はあるみたいですね。
三重県の四日市とか、東京の神田とか。…うん、わざわざ行くのは面倒。

専門店の飛び道具メニューって、なんだか妙に魅力的ですよね。
イシグロ先輩は無事に5回生で卒業できました。牛丼の加護です。