松尾画報

辺境のカンガルーの近況

学ぶということ

春になると、大学時代のことをよく思い出します。
湧き水みたいにぽこぽこと、勝手に思い出がぽこぽこ。

私は大学時代、文学部を卒業しましたが、
今も昔も特に文学好きというわけではありません。

社会学や経済学なんかを専攻した方が、
性格的に向いていたかも、と今になって思います。

けれどそういうのって、社会に出れば、
みんなある程度はそういう傾向があるでしょう。

「経済のこともっと知りたい」と思う人は多そうだけど、
「文学のこと知りたい」となる人は、まぁ少数でしょうし。

けど、結局は何を専攻しようが、バンドばっかりやって、
ろくに身についてなかったでしょうね。今と同じ。

そう考えると「大学に行った意味って何?」という、
すごく暗い考えになりがちではあるんですが。

「意味は…あったと思うよ…たぶんやけど」
というのが、大学で学んだことに対する私の見解です、一応。

「経験した」ということは、それなりに大きいですよね。
経験しないより、経験しておいてよかった、何にしても。

新大学生らしき子を駅で見るたびに思います。
「勉強しろよー!遊ぶのはいつでもできるからー!勉強ー!」と。

ま、勉強も遊びもいつでもできますよね、実際のとこ。
語学勉強でもはじめようかな。春だしなぁ。