松尾画報

『心呼吸』by柴犬

エリザベート③

今回は「エリザベート」のルイジ・ルキーニという役について語りたいと思います。今まで約30年、色んな演目を観劇してきましたが、私はこのルキーニという役ほど、難役はないと思っています。ルキーニとは、エリザベートを暗殺した実在の犯罪者です。ミュージカル「エリザベート」は獄中裁判でのルキーニの証言(回想)で進行するので、ストーリーテラーの役割を担っています。彼は語り手でありながら、時々は回想シーンの中に溶け込んで動いたり歌ったりします。そして客席降りもあって観客にも呼びかけるんです。つまり、回想(過去)、獄中(舞台上の現実)、舞台外(劇場)の3つの世界を行き来しながら、ほぼ全幕に登場します。ストーリーテラーなので、膨大な台詞量がありますが、ルキーニの言葉を聴き逃すと観客は少し複雑な設定と物語に付いていけなくなるので、私はルキーニには滑舌の良さはマストだと思っています。そう、全ての単語がストレスなく明確に聴き取れなくてはならないのです。しかも、物語をダラダラ話すと単調になってしまうので、メリハリ、抑揚を付けて滑らかに・・。回想シーンに登場する時には、異次元の人物としてどこか遊び心が欲しいですし、観客にからむ時にはアドリブが要求されます。とても大変な役だと思いませんか?しっかりと語れる真面目さと遊び心と暗殺者としての狂気が必要なんです。狂気に振り切れ過ぎると芝居がかって見えてしまい白けるし、真面目に説明し過ぎて遊びが足りないと味がなくて面白くない、この塩梅がとても難しいのです。必要最低限に無難に演じることも出来れば、その存在感を無限大にして主役をも食らうことが出来る、振れ幅の大きい恐ろしい役だと思います。カンパニーで随一の芸達者に演じて欲しいです。

私が2014年花組の「エリザベート」でルキーニ役の望海風斗さんを観てファンになった、と以前書きましたが、望海さんはルキーニのひとつの完成形だったと思います。特筆すべきは、バート・イシュルでの「計画通り」(エアギター最高!)、「ミルク」(明日海りおさんとのデュエットが尊い)、2幕最初の「キッチュ」のシーン、もうルキーニ以外の何者でもありません。全ての台詞は明確に滑らかにストレスなく聴き取れました。11年経った今も、望海さんのルキーニがそのシーンになると脳内再生されて、未だ上書きされることはありません。誰かルキーニをものにして!と切に願う一方で、この超難役を本当の意味で演じきれる人って他にいる?と思っている自分がいます。

エリザベートの感想を3回に分けて書きました。あくまで、私の個人的な感想なので、異論・反論があっても、観ているところ(重きをおいているところ)が違ったり、個人の好みによるところだと思いますので、どうかお気になさらず。長らく再演されている演目は、歴代キャストがいるので、自ずと観客各々に好みやこだわりが出てきて、演者は役作りが難しいと思いますが、今回のように、演じ方で新たな発見があったり、同じ役者で同じ役でも時が変われば、また全然違う仕上がりになっているのが、面白くてやめられないところでもあります。カンパニーの皆様、北海道、大阪、最後の地、福岡まで、怪我や体調不良なく無事、やり遂げることが出来ますように・・。